皆さんは就職活動における「推薦」についてどのような印象をお持ちでしょうか.簡単に優良企業へ行ける切符みたいなもの,と思っているかもしれません.特に理工学部生や院生に関しては,企業から多くの推薦枠が設けられているため,理工学部全体で毎年就職する人の25%程度が推薦枠を使って就職しています(慶應理工の公式ホームページより).
ここでは推薦制度が皆さんが思っているほど素晴らしいものではないこと,また理工学部の学科間での推薦の数に格差はあるのかを筆者が持っている実際のデータを元に解説していきたいと思います.
学校推薦という制度は,「この学生は貴社を第1志望としているので,内定が出た場合は必ず貴社に就職します」というお墨付き(?)を学校が学生に与える制度になります.
学校推薦で得た内定を辞退することは許されず,必ずその企業に就職しなければなりません.
仮に自由応募で選考が進んでいる企業があっても,学校推薦であることを伝えた企業から内定が出たら,その企業以外はすべての就職活動を中止する必要があります.
このことが就職活動をしている理工学部生,院生に対して多くの弊害を生んでいるため,今回はそれらを順に解説していきたいと思います.
第1志望にしか学校推薦が使えない
当たり前と言えば当たり前なのですが,学校推薦は第1志望にしか使うことができません.理由は上述した通り,推薦を使って内定を得た場合,その企業に必ず就職しなければならないからです.第2志望の会社に学校推薦を使って内定を得てしまった場合,第2志望の企業に就職することになります.
つまり,自分が所属する学科(専攻)に第1志望の企業から推薦枠が届いていない場合,学校推薦制度は全く意味を為さなくなります.「推薦使って滑り止め企業をキープしとこー.」などという浅はかな考えはもってのほかなのです.第1志望の企業に推薦枠が存在しない場合は,すべての企業を自由応募で受けることになるので,学校推薦の制度とは無縁の就職活動を送ることになります.注意しておきましょう.
自動的に学校推薦枠に振り分けられてしまう問題
就活の際,企業のホームページからエントリーしてマイページを作成すると,自動的に学校推薦対象枠に振り分けられてしまうという問題です.第2,3,4・・・志望の企業を受けようとしたとき,このような事態が起こると非常に厄介です.学校推薦対象枠のまま選考フローに乗ってしまうと,選考フローの途中でいずれ推薦書を提出しなければならないステップが訪れます.この状況で学校推薦書を提出すると,その企業に就職することが確定してしまうので,どうにか避けなければなりません.しかし選考フローに進んでしまってから「推薦書は提出できません」と言うと当然落ちてしいます.最初の段階で「自由応募に切り替えてください」と届け出を出すのが正しいのですが,これはこれで「御社は第1希志望ではありません」と言っているようなものなので,その後の選考が厳しくなることは必至です.
さらにこの問題はこれだけでは終わりません.通常の選考に申し込んでいたにも関わらず,選考途中で「君の学科には推薦枠があるからそっちに回しておくねー」と企業側から言われることもあります.一般的に就職活動する学生は「御社が第1志望です」というスタンスで就活するため(そうしないと落ちる),このような事態が起こるのですが「君の学科には推薦枠があるからそっちに回しておくねー」と言われてしまったが最後,「結構です」と断ると「御社は第1志望ではありません」と言っているのに等しいので落ちてしまいます.逆に「はい,お願いします」と言ってしまった場合には,その企業に入社することが確定してしまいます.
このように推薦制度は皆さんが思っている以上に使いにくく,注意が必要な制度になっています.ちなみに学校推薦で得た内定をもし辞退した場合には(そもそも辞退できるか未知数),大学の信用に関わる問題のため,まず大学に親子同伴でこっぴどく怒られた後,企業側に学校と共に謝りに行くことになります.その後学内の掲示板にもその内容が貼りだされてしまうほどの違反なので絶対にやらないようにしましょう(後輩の推薦枠にも悪影響を及ぼします).以上のことを理解してもらった上で,慶應の推薦枠について述べていきたいと思います.
慶應理工学部には全部で機械工学科,電気情報工学科,応用化学科,物理情報工学科,管理工学科,数理科学科,物理学科,化学科,システムデザイン工学科,情報工学科,生命情報学科の11の学科があります.
巷では学科によって就職の難易度が異なると言われています.一般的には,機械系や電気・電子系,情報系が就職に有利で,物理系は並程度,化学系が少し厳しくて生物,地球惑星系が就職に不利といった感じでしょうか.今回は手元に学科ごとの推薦枠の資料があるので,それらを見つつ解説していきたいと思います(学外秘の情報を含むので,ある程度ぼかしながら解説します).
以下にそれぞれの学科にコメントしつつ,推薦求人倍率を示しますが,ここでいう推薦求人倍率とは
推薦求人倍率 = 各企業からの総推薦枠数 ÷ 学科定員数
とします.つまり,倍率が高いほど学科人数に対して推薦枠が多く学校推薦での就職がしやすいということになります.企業からの推薦なお筆者が持っている推薦枠の資料は,ある年度のある日時時点のものなりますので,あくまで参考程度に見ていただければ幸いです(年度によって数値がぶれることは多分にあり得ます).それでは推薦求人倍率の高い順に書いていきたいと思います.
電気情報工学科 推薦求人倍率:2.30倍
1位はやはりと言うべきか,電気情報工学科がランクインしました.電機メーカーやエンジニアリング業界,システム開発業界,総合化学メーカー,インフラ系など名だたる企業が並んでいます.どの業界においても,電気・電子の知識を持つ人材は重宝されるので,納得の結果です.電機情報工学科の学科定員もあまり多くないので,需要と供給のバランスからトップにランクインしました.日本が電子立国というのもあり,会社自体に少し偏りがあるというのも原因かもしれません.
情報工学科 推薦求人倍率:1.82倍
昨今の人口知能・機械学習ブームの影響を受け,プログラミングを主戦場とする情報工学科の学生は引く手あまたです.機械学習は画像認識など多方面に用いられており,業界を超えてAI人材は求められています.情報工学科はC言語とJavaの二刀流をマスターできるような授業構成になっているのですが,プログラミング言語は他言語にも応用が利くため,たとえ違う言語を用いる仕事に就いたとしても他学科の学生より即戦力になります.
機械工学科 推薦求人倍率:1.79倍
情報工学科の次にくるのが機械工学科です.推薦枠を見る限り,一番幅広い会社から推薦枠を得ているのがこの機械工学科です.以外だったのが,財閥系化学会社の推薦枠が何故か機械工学科だけあったことです.推薦枠を設けることで確実にエンジニアリング系の学生を望んでいたことが分かります.その他にも総合電機,エンジニアリング,ファクトリーオートメーション(FA)関連企業からの推薦枠が設けられていました.FA業界は近年盛り上がりを見せており,これからも成長が期待できる業界になります.各企業からの総推薦枠数は11学科で最も多かったのですが,定員が133人とこちらも一番多かったためこの順位となりました.
システムデザイン工学科 推薦求人倍率:1.47倍
システムデザイン工学科は,ナノ分野,メカトロニクス・ロボット分野,エネルギー・環境分野,高度生産技術分野,制御システム分野,建築および空間デザイン分野,情報ネットワーク分野,宇宙分野などを広く学ぶ学科になります.推薦求人倍率の1.47倍は筆者の予想よりもだいぶ高い結果になりました.エンジニアリング業界や総合電機を中心に,自動車業界(ト〇タなど)や重工など幅広い業界から推薦枠が届いています.システムデザイン工学科は理工学部の中でも人気の学科なのですが,就職の良さも影響しているのかもしれません.
物理情報工学科 推薦求人倍率:1.24倍
物理情報工学科は,物性と情報工学を融合した学問を扱う学科になります.企業から届いている推薦を見ると,全体的に悪くはないのですが各企業1名もしくは2名の募集が多いです.この人数だと人気企業は推薦枠を巡り,学生同士で競合する恐れがあるので注意が必要です.メジャーどころの企業からの推薦枠はだいたい押さえられているので,就活市場全体で見たときの需要は問題なさそうです.
物理学科 推薦求人倍率:0.98倍
このあたりから推薦の求人倍率が1倍を切ってきます.物理学科と生命情報学科だけ推薦枠を設けない企業もあり,学んでいる内容と実社会からの要請との間に若干の乖離が見られるように感じます.筆者はいくつかの研究室にお邪魔したことがあるのですが,理論物理,実験,シミュレーションなど幅広く学んでいる研究室が多く,学生の能力も非常に高かったので推薦の数が少ないのは意外でした.世間一般からのイメージが理論物理に偏っているのかもしれません.最近では証券会社などで,物理学科出身の人材がクオンツのプロとして求められていたり,幅広い就職活動が出来そうです.物理学科の学生は優秀な人が多い印象なので,推薦枠の数が少なくても就職活動には困らないでしょう.
化学科 推薦求人倍率:0.98倍
化学は,物理学科とほぼ同じ推薦求人倍率で1倍を切りました.こちらもあまり推薦枠という面では芳しくありません.化学系の学生は総合化学メーカーや素材メーカー,食品メーカーなどへの就職を希望する場合が多いですが,そういった企業からの推薦枠は慶應にはほとんど届いていません.専門を活かせる企業からの推薦枠がほとんど届いていないので,推薦求人倍率が1倍を切ったという形になります.化学系の就活,特に研究職への就職は企業も少なく狭き門なので,自由応募で選考に参加し旧帝大あたりの学生と競っていくことになります.
管理工学科 推薦求人倍率:0.81倍
管理工学科は慶應理工学部の中でも少し文系よりの学部で,学部卒業生のうち5~6割の学生が大学院に進学せず就職します.これは学ぶ学問が経営や経済,統計などを含むため,文系就職が一定数の割合存在するためです.文系就職には基本的に推薦枠が存在しないため,管理工学科に推薦枠があまり来ないという構図になっています(というより管理工学科の学生が推薦をあまり使わない).学んでいる内容自体は,情報科学や人工知能,経営や経済,統計,システムなどむしろ実社会に則したものが多く,文理融合型のカリキュラムとなっています.
生命情報学科 推薦求人倍率:0.77倍
世間一般では,就職が難しいと言われる生命系の学部ですが,個人的には思ったほど低くはなりませんでした.生命だけでなく,プログラミングの勉強もしているのが評価されたのかもしれません.研年では,製薬会社におけるバイオインフォマティクス領域の研究者が一定数求められているので,研究者になりたい場合はそのような職種に応募するのが得策かもしれません.また,ヘルスケア領域についてはコングロマリット化している企業は取り扱っていることが多いので,そのような領域で推薦枠を用意している企業もありそうです.
数理科学科 推薦求人倍率:0.75倍
予想通りといった結果になっています.数学は現代社会になくてはならないものですが,大学数学にもなると概念的な勉強も多く,企業の活動に直結するとは言えないかもしれません.数理科学科には「数学専攻」と「統計学専攻」がありますが,統計学についてはビッグデータの解析などが昨今ブームになっているので,幅広い就職先があると思います.数学を直接生かせる職種は,生命保険のアクチュアリーであったり,金融のクオンツなど,理論式を駆使してサービスに活かすものが多いです.一方やはり,「整数論」など概念を取り扱う研究を直接活かすとなると,中高の教員や大学の先生を目指す人が多くなる印象です.
応用化学科 推薦求人倍率:0.5倍
意外にも,推薦求人倍率が1番低かったのは応用化学科でした.理由は化学科と被るのですが,化学系の学生は総合化学メーカーや素材メーカー,食品メーカーなどへの就職を希望する場合が多いです.しかしそういった企業からの推薦枠は慶應にはほとんど届いていません.応用化学科はさらに,学科定員の人数が多いので,推薦求人倍率の低下に拍車をかけているという状況になります.応用化学科(化学科も)の学生は総じて優秀なイメージなので,研究が忙しく推薦が少ないという不利な状況でも,選考を受ける企業からは評価されそうです.あくまで企業からの推薦枠がないだけなので,自由応募で所望の企業から内定を勝ち取れば問題ありません.
いかがだったでしょうか.慶應の学生は外資企業を目指す場合も多いので(理工学部生も例に漏れず),日系大手企業からの推薦枠が全く関係ない学生もいるかもしれません.しかしながら,筆者の研究室からは半分くらいの先輩が,学校推薦を利用して就職を決めていなど無視できない制度でもあります.気になる方の参考になれば幸いです.
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